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マジシャン 沖縄旅 南風原町・沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

 
沖縄陸軍病院 南風原壕群20号
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日本で唯一のお笑い女性マジシャン 東京都公認パフォーマー「ヘブンアーティスト」 マジシャンで初の「R-1ぐらんぷり」セミファイナリスト 今まで5000ステージ以上、世界14カ国のマジックショーに出演。 1800社以上の企業様の創立記念式典やパーティーを盛り上げてきたステージ専門の余興マジシャンです。 企業様のレセプションパーティでの余興や商業施設様の催事イベントでのアトラクションを得意としています。 「スッキリ!」「笑点特別号」「エンタの神様」などのバラエティ番組にも多数出演 出張イリュージョンマジックのご依頼をお待ちしています♪
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マジシャン 沖縄旅 南風原町・沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

マジシャン の荒木巴です。
日本で唯一のお笑い女性マジシャンとして日本全国で出張マジックショーをしています。
マジックショーで伺った町で出会った素敵な観光スポットを紹介しています。

沖縄県営平和祈念公園

今年も春の沖縄にやってきました。
花粉のアレルギー症状の軽減のため、避粉地・沖縄に数日間滞在しています。

南風原文化センター

沖縄県南風原町、

南風原文化センター

南風原文化センターを見学して、

南風原文化センター

陸軍病院南風原壕群20号へと向かいます。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

病院壕へ食料を運搬するときに使われた飯上げの道

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

黄金森公園

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

沖縄陸軍病院慰霊会の歌碑

沖縄陸軍病院慰霊会(※1)が建立した2基の歌碑で、一つは1994年に「悲風の丘の碑」の隣に建立され、もう一つは2009年に「憲法九条の碑」と「鎮魂と平和の鐘」 (※2)の隣に建立されました。
悲風の丘の碑の隣に建てられた歌碑には、『天つ日も おだしき光をそそげかし 傷負ひ眠る丘のみたまに』とあります。
2基の歌碑に刻まれた歌は、戦時中に第三外科の軍医見習士官であった長田紀春さんが詠んだものです。陸軍病院本部壕の碑は糸満市山城にありますが、黄金森一帯にも長らく病院がおかれていたために、この地にも建立されることになりました。

※1 当時従軍した病院職員と関係職員、患者の生存者及びその遺族の方々で結成された会
※2 「憲法九条を世界に広め平和を守る南風原町民の会」の活動と町民の寄付で建立された

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

悲風の丘

1966年に沖縄遺族連合会(※1)が建立した石碑で、「悲風の丘」の文字は、当時の内閣総理大臣 佐藤栄作により書かれています。
香炉には、「女子学徒200名による看護協力(※2)のもと、傷病者の治療にあたった。戦線が南下し、撤退を命じられたが、収容中の患者2,000名余は青酸カリ(※3)や手榴弾などで命を絶った。ここに南方同胞援護会の助成を得て、この地の出来事を偲び、英魂を弔う」という内容が記されています。
壕内での具体的な医療活動の様子を知るための展示や映像資料は、南風原文化センターでご見学することができます。

※1 財団法人。遺族年金の支給、遺骨収集などを行い、 戦没者遺族の福祉増進に努めている。
※2 沖縄師範学校女子部・沖縄第一高等女学校の生徒222名が教師18名に引率され、看護補助要員として動員された。戦後、学徒らは「ひめゆり学徒隊」とよばれた。
※3 白色の粉末で0.15~0.3gの量を取り入れると死にいたる。取り入れると意識を失い、けいれんを起こし、窒息死する。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

南風原陸軍病院壕址の碑

沖縄陸軍病院の跡地を示すため、1953年に当時の南風原村が建立しました。碑には「重症患者二千余名自決の地」と記され、当時の悲惨な状況を伝えています。
しかし、戦後の沖縄戦研究が進むにつれ、記述の問題が指摘されました。「二千余」という数は、患者のみか、病院関係者も合わせた数か判明していません。また、「自決」という表現は、すすんで死を選んだかのような表現ですが、毒入りのミルクと知らずに飲まされた患者、少しの食料とともに放置されて衰弱死したとみられる患者などもいました。
こうした問題はありますが、1950年代に自治体が建立した戦跡碑は珍しく、後に日本初の戦争遺跡の文化財指定を行った南風原の原点を見ることができます。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

仏の前(フトゥケヌメー)

※南風原町 公式ホームページより引用

「南風原陸軍病院壕跡の近くにある拝所」

黄金の森公園内の遊歩道を登っていくと、沖縄陸軍病院壕跡の近くに位置し、祠の中には丸形の石が入っており、その前には香炉が置かれています。
仏の前には部落関係なく、南風原の人達が拝みにきておりました。

「地域には昔、税金を徴収する係が悪者で、賄賂を渡さない人達には勝手に税を増加するという酷い行いをしていた。困り果てた人達が仏の前に拝むと、翌年真面目な人が税金徴収係に変わり、地域の人々は安心して暮らせた」との仏の前にまつわるこんな言い伝えが残っています。

【時間】9時~17時
【休館日】月曜日、祝日(月曜と重なる場合は翌日)、慰霊の日
【場所】〒901-1113沖縄県南風原町字喜屋武黄金森公園内
【駐車場】あり(無料)

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

飯上げの道

飯上げとは、軍事用語で「食糧運搬」のことです。
黄金森に今も残る飯上げの道は、沖縄戦のときに特別に造られた道ではなく、近くの畑や黄金森にある仏の前(※1)などの拝所に行くため、周辺住民に古くから使われた山道でした。
飯上げ作業は早朝と夕方に、看護婦やひめゆり学徒などがおこないました。炊事場で用意されたご飯を一斗樽(18ℓ)の8分目くらいまでつめ、約100人分としました。
重さ約14kgの樽を2~4人がかりで担ぎ、砲爆撃の中、炊事場のある喜屋武集落からそれぞれが勤務する壕まで片道数百メートルの距離を移動しました。

※1 健康祈願やお祝い行事で無病息災を祈る拝所の一つ。戦時中は戦争に関する祈願を行う場所になった。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

飯上げの道をたどりながら、屋外戦跡をめぐります。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

沖縄陸軍病院南風原壕とは?

沖縄陸軍病院南風原壕は、黄金森と現在の南風原町役場近くの丘に掘られた人工壕です。
米軍の艦砲射撃が始まった1945(昭和20)年3月下旬から、本島南部への撤退命令が出された5月下旬まで使われました。
各壕に負傷兵が運び込まれ、軍医、看護婦、衛生兵、女学生(ひめゆり学徒)らが医療活動を行いました。
南風原町は、1990(平成2)年、戦争の悲惨さを伝える証として、沖縄陸軍病院南風原壕を町の文化財に指定しています。

病院壕へ食料を運搬するときに使われた飯上げの道をたどりながら、沖縄戦の戦跡について学び、平和について考えてみませんか?

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

公園のような場所に到着しました。
こちらには平和の鐘や憲法九条の碑があります。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

歌碑 鎮魂

沖縄陸軍病院慰霊会(当時の沖縄陸軍病院職員と患者の生存者及び遺族で結成)によって建立された歌碑です。
「額づけば 戰友葬りし 日のごとく
夜明けの丘に 土の香匂ふ」
「両の足 失ひし兵 病院を 探して泥道
這ひずり来たる」
歌を詠んだのは、戦時中に第三外科で軍医見習
士官として勤務していた長田紀春氏で、文字は遺族の宮里宏氏によるものです。
また、黄金森の西側、「悲風の丘の碑」そばにも長田紀春氏の歌が刻まれた歌碑があります。それぞれの歌碑からは、鎮魂の思いと陸軍病院の様子がうかがえます。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

「鎮魂と平和の鐘」

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憲法九条の碑

日本国憲法

第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義を秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

日本国憲法第九条は人類の進むべき道しるべ。

21世紀こそ人類は、残虐非道な戦争から解放されすべての人々が平和に暮らせる世界が実現できるもの、と私たちは信じている。
去る 沖縄戦 で住民の約43%が犠牲となり、戦争の語り部・ 陸軍病院壕 跡が存するここ黄金森に平和を願う町民の名において「憲法九条の碑」と「鎮魂と平和之鐘」を建立する。

2007年5月3日
憲法九条を世界に広め平和を守る南風原町民の会

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

三角兵舎

三角兵舎は木材で簡単に作られた建物です。1945年2月12日から、黄金森の西側と東側に三角兵舎型病棟10棟、診察室2棟、病院付属施設が建てられました。
三角兵舎の一棟は、卒業前に看護補助要員として動員されたひめゆり学徒たちの卒業式会場にもなりました。式は3月29日夜10時頃から行われましたが、戦場での卒業式のため、「至近弾が炸裂するたび、会場が吹き飛んでしまうのではないかと恐怖し、校長先生の言葉もほとんど耳に入らなかった」といいます。
また、卒業式の翌朝には米軍の攻撃で、卒業式を行った三角兵舎は破壊されていたようです。
現在は、宅地造成や農地開発のため、三角兵舎の遺構を確認することはできません。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号に到着しました。

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

受付

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号の案内

沖縄陸軍病院 南風原壕群20号

沖縄陸軍病院

沖縄陸軍病院(球18803部隊)は、1944(昭和19)年5月に熊本で第32軍の陸軍病院として編成されました。6月から那覇市内で活動を始めましたが、同年10月10日米軍空襲によって施設が焼却し、南風原国民学校校舎に移転しました。それ以来、第 32軍野戦築城部隊の指導のもとで、字喜屋武(黄金森)と字兼城(現在の役場北側の丘)に約30の横穴壕が作られました。
米軍の艦砲射撃が始まった1945(昭和20)年3月下旬、陸軍病院は各壕へと移りました。広池文吉病院長以下、軍医、看護婦、衛生兵ら約350人に加え、3月24日には沖縄師範学校女子部・県立第一高等女学校の生徒(ひめゆり学徒)222人が教師18人に引率され、看護補助要員として動員されました。
4月1日に米軍上陸後、外傷患者の激増に対応するため、外科を第一外科、内科を第二外科、伝染病科を第三外科へと改めました。5月下旬、第32軍司令部は摩文仁(糸満市)へ撤去を決定し、陸軍病院に撤去命令が出されました。その際、重症患者に青酸カリが配られ、自決の強制が行われました。
南風原町は1990(平成2)年、戦争の悲惨さを伝える証として、第一外科壕群・第二外科壕群を町の文化財に指定しました。

施設内は撮影NGのため、ここまで。
見学後は壕の中の特異な匂いを再現したものを嗅がせてもらいました。
実際に中に入り、戦争は嫌だ!と心から思います。
そして、今ある平和に心から感謝いたします。
平和が当たり前になってくると戦争への想像力が足りなくなります。
実際に足を運び、悲惨な戦争を実感すること、嫌悪することが平和学習なのだと思います。
見学は1時間程度ですが、実際は何か月も死と背中合わせの生活がこの壕の中であったと思うと恐ろしくて仕方がありません。
そして、今も戦争の真っただ中にある国、そして人がいます。
平和を守りたい、そして、世界中に平和が訪れますように、心から願います。

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