マジシャン和歌山旅 田辺市・熊野本宮大社
マジシャン和歌山旅 田辺市・熊野本宮大社
マジシャン の荒木巴です。
お笑い芸人の大会「R-1グランプリ」でマジシャンで初の準決勝に進出し、日本で唯一のお笑い女性マジシャンとして日本全国のイベントやご宴会の余興で出張マジックショーをしています。
本格的なイリュージョンマジックやお客様参加型のマジック、変面ショーも取り入れた華やかで楽しいステージマジックを得意としています。
マジックショーで伺った町で出会った素敵な観光スポットを紹介しています。

和歌山県田辺市、

熊野本宮大社にやってきました。

参道入り口から入ります。

ご参拝の順序
※熊野本宮大社 公式ホームページより引用
上四社をお祀りしている熊野本宮大社からお参りください。
参道入り口の鳥居は、神が宿る神域と人間が住む俗界との結界を表します。
鳥居をくぐる前に一礼しましょう。また参道の中央「正中」は神様のお通りになる道なので、右端を登り、左端を下るのが作法です。
杉木立の中、「熊野大権現」の奉納幟が立ち並ぶ158段の石段を、一歩一歩上るにつれ心は静まり、神域へと近づきます。

主なる年間祭典

大鳥居とサッカーのシンボルマークでもお馴染みの八咫烏

八咫烏について
※熊野本宮大社 公式ホームページより引用
八咫烏について
八咫烏とは、当社の主祭神である家津美御子大神(素盞鳴尊)のお仕えです。日本を統一した神武天皇を、大和の橿原まで先導したという神武東征の故事に習い、導きの神として篤い信仰があります。
八咫烏の「八咫」とは大きく広いという意味です。八咫烏は太陽の化身で三本の足があります。
この三本の足はそれぞれ天・地・人をあらわす、といわれています。
天とは天神地祇、すなわち神様のことです。地とは大地のことで我々の住む自然環境を指します。
つまり太陽の下に神様と自然と人が血を分けた兄弟であるということを、二千年前に示されていたのです。
日本の歴史における八咫烏の出現はきわめて古く、『古事記』『日本書紀』『延喜式』をはじめ、 キトラ塚古墳の壁画や福岡県珍敷塚古墳横穴石室壁画、千葉県木更津市高部三〇号噴出土鏡、世界最古の油絵である玉虫厨子(法隆寺蔵) の台座にも見ることができます。蹴鞠名人の熊野詣
平安時代に蹴鞠は貴族社会で大流行し、中でも蹴鞠の名人と言われた藤原成道という貴族は、蹴鞠上達のために五十回以上も熊野詣をしています。また、藤原成道は日記の中で、熊野大神の御前で「うしろまり」の名技奉納を行ったことについても語っています。
サッカーと八咫烏
みなさんもご承知のとおり、JFA財団法人日本サッカー協会のマークは八咫烏です。
神武天皇の故事に習い、 よくボールをゴールに導くようにとの願いが込められていると考えられます。今も、JFAの方や、日本代表サッカー選手たちが必勝祈願でご参拝されています。

熊野本宮大社について
※熊野本宮大社 公式ホームページより引用
熊野本宮大社は熊野三山(本宮・速玉・那智各大社)の中心、全国に4700社以上ある熊野神社の総本宮です。
延喜式内社熊野坐神社 名神大社 官幣大社縁起・神話
天火明命は、古代、熊野の地を治めた熊野国造家の祖神です。天火明命の息子である高倉下は神武東征に際し、熊野で初代神武天皇に天剣「布都御魂」 を献じてお迎えしました。
時を併せて高御産巣日神は天より八咫烏を遣わし、神武天皇を大和の橿原まで導かれました。
第十代崇神天皇の御代、旧社地大斎原の櫟の巨木に、三体の月が降臨しました。天火明命の孫に当たる熊野連は、これを不思議に思い「天高くにあるはずの月が、どうしてこのような低いところに降りてこられたのですか」と尋ねました。すると真ん中にある月が「我は證誠大権現(家都美御子大神=素戔嗚尊)であり、両側の月は両所権現(熊野夫須美大神・速玉之男大神)である。社殿を創って齋き祀れ」とお答えになりました。
この神勅により、熊野本宮大社の社殿が大斎原に創建されたと云われています。熊野本宮参詣曼荼羅第十三代成務天皇の御代には、国々の境が決められました。
熊野国は、紀伊半島の南半分(志摩半島より南)と定められ、初代の熊野国造(長官職)には高倉下の子孫である、大阿斗宿裲が就任しました。
このように、熊野国造家は天神地祇の子孫である「神別諸氏」の氏族であり、物部氏の先祖でもあります。熊野本宮大社の神々は大阿斗宿裲以降、千数百年もの間、熊野国造家の子孫によって代々お祀りされてきました。御由緒・歴史
熊野連山の三千六百峰を形成する、果無山脈。その山間を縫うが如く流れ、太平洋へと続く熊野川は、まさに熊野の大動脈です。この熊野川の中枢に、古代より熊野巫大神の鎮座されるお宮が、熊野本宮大社です。熊野本宮大社は過去「熊野坐神社」と号し、熊野の神と言えば本宮のことを表していたものと推測されます。
熊野坐大神の御鎮座の年代は文献に明白ではありませんが、神武東征以前には既に御鎮座になったと云われており、社殿は崇神天皇65年(紀元前33年)に創建されたと『皇年代略記』や『神社縁起』に記されています。奈良朝の頃より仏教を取り入れ、平安朝以後は仏化により「熊野権現」と称し、神々に仏名を配するようになりました。熊野本宮大社は上・中・下社の三社から成るため、熊野三所権現と呼ばれています。また、十二殿に御祭神が鎮座ますことから、熊野十二社権現とも仰がれています。
平安当時、宇多法皇に始まる歴代法皇・上皇・女院の熊野御幸は百余度に及びました。幾度かの御幸に供奉した藤原定家が『明月記』の中で「感涙禁じ難し」と記しており 、困難な道を歩き御神前に詣でたことが、いかにありがたく、いかに御神徳が高かったかを窺い知ることができます。1184年、第21代熊野別当に就任したのは、本宮・田辺を拠点とする田辺別当家の湛増でした。
源平二氏の争乱に際し、湛増率いる熊野水軍が源氏側についたことにより、勝敗が決したと云われています。※熊野別当・・・熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)の統轄にあたった役職
南北朝から室町時代にかけては、皇族や貴族などの上流階級に代わり、武士や庶民の間に熊野信仰が広がりました。身分の貴賤や老若男女を問わず、全ての人を受け入れる懐の深さゆえ、熊野には大勢の人々が競って参詣し「蟻の熊野詣」と呼ばれる現象を起こすまでに至りました。なお残念なことではありますが、明治二十二年の未曽有の大水害により社殿のうち中・下社が倒壊し、現在地に上四杜のみお祀りすることとなりました。他八社は石祠として旧社地大斎原にお祀りし、現在に至っております。
参考文献:熊野本宮大社前宮司 九鬼宗隆
熊野三山信仰事典(戎光祥出版)御祭神
御祭神は、熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に共通する「熊野十二所権現」と呼ばれる十二柱の神々です。
また、奈良時代より神仏習合を取り入れ、御祭神に仏名を配するようになりました。

さっそく参拝へと向かいます。

平安中期から鎌倉時代にかけては多くの上皇が盛んに、また、人々が切れ目なく「蟻の熊野詣」と例えられるほど熊野に参詣したと伝わります。江戸時代には滑稽本・東海道中膝栗毛に「伊勢へ七度 熊野へ三度、愛宕さまへは月参り」と記されているなど、古から神々が鎮座する特別な地域として崇められ、人々の熱い信仰に支えられた聖地「熊野」。
「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」の三社と、「那智山青岸渡寺」の一寺を「熊野三山」と呼び、熊野三山は「熊野古道(熊野参詣道)中辺路」によって結ばれていて、熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の順に参拝することが正式とされています

英語での案内マップ
インバウンドのお客様も多かったです。

杉木立の中、158段の石段を登り神域へと近づきます。

猿に注意!多いようです。
参道は右側通行。右端を登り、左端を下るのが作法です。

功霊社

説明板

参拝についてのご案内

階段を上がっていきます。

祓戸大神

参道の中腹、左側にある祓戸大神にまずお参りをし、身を祓い清めます。
さらに上には手水舎があるので、手と口をよくすすぎ清めましょう。
まず、右手に柄杓を持ち、左手に水をかけて清めます。次は、左手に柄杓を持ち替え、右手を洗います。そして、右手に柄杓を持ち、左手に水を受けて口をすすぎます。口をじかに柄杓につけてはいけません。最後に柄杓を縦に持ち、柄杓の柄を洗うのが作法です。

手水舎
八咫烏もいました。

熊野坐神社 旧社(大斎原)水害前の絵図

厄除祈祷ご案内(数え歳)

宝物殿
宝物殿ご案内
※熊野本宮大社 公式ホームページより引用
当社宝物殿には、室町・戦国時代の火災、明治時代の水害など幾度もの災害を免れ、国・県の重要文化財に指定された、貴重な宝物が収蔵されています。
中でも江戸中期~後期頃の製作と伝えられる「熊野本宮并諸末社圖繒」は、明治22年の大水害によって流失した大斎原おおゆのはらの社殿が威風堂々と描かれ、往古を語る貴重な資料となっております。
絵図の左上方部に描かれている「祓戸天神社」周辺が現在の境内地です。

本宮祭りのご案内

黒い八咫ポストについて

社務所

熊野本宮大社神門

令和八年の一文字「笑」

吉野熊野国立公園90周年記念

笑いに感謝に素敵な文字を見ることができました。

八咫烏ポストと葉書の木
※熊野本宮大社 公式ホームページより引用
当社の社務所前にある、多羅葉たらようのご神木の下に、黒い八咫烏ポストが設置されています。
黒は全ての色を合わせた尊い色であり、神の遣いである八咫烏の色、本宮の大地を象徴する神聖な色でもあります。また多羅葉の木は、葉の裏に爪などで文字を書いていたことが葉書の語源となり「葉書の木」「手紙の木」とも呼ばれています。
社務所では、葉書として投函できる八咫烏ポスト絵馬を販売しております。
昨今は通信手段が発達し、葉書や手紙を書く機会が減ってしまいましたが、やはり、心のこもった手書きのお便りは嬉しいもの。また、手紙を書くことは自分自身を振り返り、人と人とのつながりの原点に立ち返る良い機会でもあります。
聖地熊野から、大切な方やご自身へお便りを出されてはいかがでしょうか?
八咫烏ポストから手紙を出される場合には、社務所で「出発の地より心をこめて 熊野本宮」というスタンプを、ご用意しています。お気軽にお声掛けください。

拝殿

大黒石

拝殿の左右には神の使いである三本足のカラス「八咫烏」のレリーフ

拝殿に参拝いたします。

八咫烏は記念撮影スポットのひとつです。

亀石

神殿内の参拝順序は、次の通りです。
①証誠殿(本宮・第三殿) 家津美御子大神(素戔嗚尊)
②中御前(結宮・第二殿) 速玉大神
③西御前(結宮・第一殿) 夫須美大神
④東御前(若宮・第四殿) 天照大神
⑤満山社 結ひの神(八百萬の神)お参りの作法は各殿共に、二礼二拍手一礼(二回お辞儀、二回手を叩く、一回お辞儀)です。

八咫烏(由来)

熊野本宮大社神門より先の神域は写真撮影禁止です。

熊野本宮大社を参拝して、近くを散策いたします。
そちらについてはまた次回ブログで。
和歌山県田辺市にマジシャン派遣、ご宴会の余興に 出張マジック
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